今は名前すらもほとんど忘れられているが、岡林信康という歌手は日本のポピュラー音楽史において極めて重要な存在だ。

okabayasi01



学生運動華やかなりし60年代末、「反戦フォークの旗手」として颯爽と登場し、当時の左翼学生たちに熱狂的に支持された。日本にもシンガー・ソングライターはそれ以前からいたはずだが、岡林の場合、それまでの歌手よりもっとずっとオーディエンスに近い存在として受け入れられたのだろう。芸能臭のしない、聴く方の「意識」を反映した歌い手として認知されたというか。

岡林の歌は当時の若者の気分と絶妙に合致した。岡林は時代の寵児となるが、70年安保の挫折による学生運動の退潮とともに忘れられていった。彗星のような巨大な光芒を一瞬放ちながら、すぐに表舞台から姿を消したのだ。




くそくらえ節
ある日学校の先生が 生徒の前で説教した
テストで100点取らへんと 立派な人にはなれまへん 

くそくらえったら死んじまえ 
くそくらえったら死んじまえ 
この世で一番えらいのは 電子計算機
 

この後、政治家や資本家、果ては天皇といった権威をそれぞれ笑いとともに批判する歌詞が続く。このような歌を歌う歌手が出現しただけでも当時は大事件だったのだろう。それが証拠にこの歌は何度か放送禁止処分を食らっている。


この歌は即興的に新しい歌詞が次々と加えられていく。だから音源ごとに全部歌詞が異なるのだが、こちらでは次のような歌詞がある。
 



ある日聖なる宗教家 信者の前でお説教
この世で我慢をしていれば きっと天国行けまっせ

ウソこくなこの野郎 こきゃあがったなこの野郎
見てきたようなウソをこくなよ 聖なる神の使者



政治家や資本家を非難するのは時代性として理解できるのだが、なぜここで宗教家が出てきたのか。当時何か事件を起こした宗教家でもいたのだろうか。 

そうではない。実は、彼の実家は教会だった。つまり岡林信康は牧師の息子だったのだ。岡林の批判精神は、まず生まれ育った教会に対する懐疑から始まっていた。 



つづきは⇒ こちら